2007年01月17日

回顧録 〜乗り換えの町編 その?〜(震災)

今日が「阪神・淡路大震災」
それが12年前・・・と言うことを昨日・今日になって思い出したのが現実です
僕自身は遭遇したわけではなく
ほとんど野次馬根性でTVを観ていました

そんな僕も
1968年(昭和43年)5月16日午前9時48分←ウィキペディア(Wikipedia)で確認
大地震を始めて経験しました

その時のお話を少し・・・


その日、学校はお休みでした
日曜日と言う訳ではなく、「学習研修」(?)
どういう仕組みだったのか?僕にはわかりませんが
決められた学年、クラスの生徒達だけが出校し
各方面から訪れた先生達を前に授業を受ける日だったのです

朝からどんよりと曇った日でした
朝ご飯を食べ終え、近所の子供達と線路にほど近い広場で遊んでいました
(^(^▽(^▽(^▽^)▽^)▽^)^)
ひとしきり駆け回り、黒と黄色のストライプの入ったビニール傘
そのビニールの部分だけを持って行った僕は
遊んでいた子達とちょっと一休み(^-^ )
広場の真ん真ん中で(テニスコートの倍くらいの広さです)

少しすると???
「ユラユラ〜」っと揺れ始めました

最初のウチは、『電車が来たのかな?』
(電車が通と結構揺れる一帯だったのです)
でも( ̄◇ ̄;)いつもとはちょっと違います!
どんどん、どんどん揺れが大きくなります{{{{(+_+)}}}}エー!

一緒にいた子達は、二人とも僕より小さい子達です
『家に帰ろう!』と手を取り立ち上がろうとするんだけどっ!
手を突いて座っているのが精一杯(><)
そのうち二人とも泣き始めます(。>_<。)(。>_<。)

どうにもならず、目の前を見ると(*¨)(*・・)(¨*)(・・*)
「家」が、菱形に歪んでいます・・・右に左にアワワワ(;゜o゜) *〜●。。。
今にも潰れそうに・・・!!!


何分経ったのか?何秒だったのか?
揺れが納まり、敷物を抱え二人の手を引きそれぞれの家へ送り届け
自分の家にたどり着いた時・・・
母は裸足で弟を背負い
畑の真ん中にぼーぜん【゚_゚】【・・】と立っていました

玄関の前には、なぜか?練炭コンロ
まだ薄寒い北国
練炭コンロで暖を取っていたのです
ではなぜ?玄関の前に?
地震直後!通りかかったオジサンに「家の中に練炭コンロが!・・・」
その一言で運び出してくれたのだそうです

家の中はと言えば、タンスもテレビも食器棚も
背の高い物は全て倒れていました
練炭コンロが家の中にあったら、間違いなく!火災になっていたことでしょう
「家の中に・・・!」と叫んだ母
それを聞きつけて運び出してくれたオジサン
どちらも大したものです<(_ _)>

家そのものはと言えば
当時の家は、「玉石」と言う大きな石の上に土台を乗せて建てられていました
「家」そのものは、何事も無かったように建っていましたが
見事にっ!基礎である玉石からはズレ落ちていました
(その修繕については、また・・・)


しばらくして父が仕事をそっちのけで帰ってきます
両手に袋をぶら下げて???
「菓子パン」です
職場の帰り道、通りすがりの道々で全てのお店で買い集めて来たのだそうです
『災害の時は、まずっ!食べ物!』なのだそうです(ごもっとも

その夜
何度も余震が来る中
玄関に布団を敷き休んでいたのですが
余震とは思えないような揺れが幾度も繰り返します
官舎(公務員宿舎)のお父さん達が集まり「一カ所に集まろうっ!」

ちょっと内緒ですが・・(^^ゞ
職場のマイクロバス、トラック、乗用車
全てを僕が遊んでいた広場に集め、女子供は車の中
お父さん達は?
僕の見た潰れそうだった家に集まり「大宴会♪」

怖くも有り、でも当時の大人達の逞しさを垣間見る事が出来ました



長くもなった中で余談ですが
戦時中を過ごしてきた彼等(父達)
やはり!逞しい存在でしたねぇ〜・・・・・・・


この記事へのコメント
すごい地震を体験されたんですね!ご自身も、ご家族の方もご無事で何よりでした。私は、といえば幸運にも、大きな天災に見舞われた経験はありません。
阪神大震災・・・あれからもう、12年になるんですね。炎上する家々の映像を未だに思い出すことができます。身近なところでは友人の実家が倒壊し、彼女は翌年の学費が免除されていました。。。
最近また地震が多いので、結構びくびくしています。雲を見るとみんな地震雲に見えたり(^^;
余震の中で宴会ができちゃうお父さん達の度胸を見習わなくては・・・。
Posted by MU ◆ mupa at 2007年01月17日 22:22
私はそのとき、半年だったかな〜。
もちろん覚えてないよー。
愛媛はそう揺れなかったんじゃないかな?
でも、本当に大変なことだよね。
すごくたくさんの人が亡くなって・・・
私の地域では、そう遠くない時期にあるとされる南海地震。
本当に怖いよねー。地震が一番怖いのかも。
安全な場所なんて、そうないもんね。
非難場も安全とは限らないのだし。
あ〜、こわい!
Posted by ふーちゃん ◆ nekosuki5591 at 2007年01月17日 22:56
MUさん>
大きな天災、体験しないに越したことは有りません。
昨日のズームインで辛坊さんが「災害は必ず!起きる!」「でも、その中で命を守る事を考えて・・・」のような事を言っていました。
阪神大震災を経験した彼の一言、ズシリと心に響きました。
Posted by bera ◆ bera at 2007年01月18日 05:08
ふーちゃん>
ふーちゃんの生まれるずっとずっと前の話だねぇ〜(^◇^;)
この地震は、愛媛ではそれほど影響が無かったと思います。
常日頃、TVで見たときでも良いから、自分自身で遭遇したときのシミュレーションをする事も必要かも?と、思います。
Posted by bera ◆ bera at 2007年01月18日 05:11
bera さん、おはようございます。^^
私も3歳か4歳の時に地震を体験した事があります。
今でもその時の事は憶えていて・・やっぱり怖かったですね。
保育園にいた時だったのですが、机の下にもぐっても、その机が左右に大きく揺れて・・
外に出たら大きな地割れがあったのを憶えています。
「阪神・淡路大震災」の時は震源地から遠かったのに震度4ぐらいの揺れを感じました。
そして今は東海地震の恐れがあります。
避難袋は用意してありますがそれを持って逃げる事が出来るのか・・。^^;
心しておかないと。(うんうん。
Posted by つくし at 2007年01月18日 08:58
つくしさん>
北国では、20年以上?大きな地震を経験していません。頭でわかっていたり覚えていても、どこか他人事・・・。
この辺りでは避難袋を準備している家も少ないと思います。
「天災は忘れた頃にやってくる!」口だけじゃなく、備えが必要ですね。
Posted by bera ◆ bera at 2007年01月18日 16:17
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