『○年生の時に・・・』と言う区切りが無いような?
ですから、事柄事に・・・そして思い出したら順に(^_-)
【紙飛行機大会】
ある朝、学校に着くと何人かが前庭に面した廊下の窓から紙飛行機を飛ばしてました
それも二階の窓から
高い場所からですから、それなりに滞空時間も長く
まっすぐ飛んだり、螺旋状に飛んだり、急降下したり(^○^)
昇降口に入るまでの光景ですから、ほぼ全校生徒の目に触れることになります
それは、あっという間に各学年、各クラスに広まり
男女問わず!銘々が覚えている折り方で飛ばしているのでした
当然と言えば当然でしょうが、飛ばした紙飛行機は誰も拾いに行きません
用務員のオジサンが拾っても拾っても・・・・・・
そりゃそうですよねぇ〜(^◇^;)毎時間事の休み時間で飛ばしてるんですから
そしてこれも当然!
各担任の先生からは「窓から紙飛行機を飛ばさないように!(-.-#)」と言うお叱り
その後も先生の目を盗んで飛ばしていたのは、言うまでもありません
そんな事の初めの頃
僕の担任の<片山先生>がいきなり!一時間目の授業が始まってすぐ!
「はいっ♪みんなで得意な紙飛行機折って!」(^-^ )と
クラス全員、ノートの紙をはぎ取り折り始めます
「できたかなぁ〜」(^-^ )
「じゃぁ、みんなで上のグランドに行くよぉ〜♪」(^-^ )
僕たち全員?(・_。)?>(。_・)?
※その学校は段々の中断に有り、下が本来学校のグランド
上のグランドは町のグランドでした
上のグランドに集まると
「これから紙飛行機大会を始めます」
「先生の合図でみんな一斉に飛ばしてください」
「さぁ〜!!!誰の紙飛行機が一番長く飛ぶかなぁ〜」(^-^ )
「よぉ〜い!・・・ドンッ!」
四十数機の紙飛行機が一斉に青空に舞います
「ぁあ〜落ちたぁ"(ノ_・、)" 」
「まだ飛んでるぅ〜ヽ(´▽`)/~♪」・・・・・・・
「今の一等賞は○×△君〜〜〜」(^o^)/
「じゃぁ、みんな拾って調整してぇ・・二回目行くよぉ〜!」
そんな風に一時間目の授業は終わるのでした
それからしばらく、天気の良い一時間目は毎日!
思いっきり!折って、飛ばして!ますから
休み時間はわざわざ飛ばさなくなります
それよりも「どうしたら長く飛ぶかなぁ〜?」と折ることに夢中になります
教室の中で試運転、調整の繰り返し
片山先生のクラス(僕のいるクラス)の生徒達が「休み時間に窓にいない」は
他の先生達も感じたらしく、その後各学年、各クラスで「紙飛行機大会」が開催されるようになり
いつの間にか・・窓から紙飛行機を飛ばす生徒がいなくなったのでした
「飛ばし飽きた」ってのもあるのでしょうけどネッ(^◇^;)
片山先生:左の耳の後ろ側に大きなコブのある男の先生でした
いつも笑顔でみんなを見守り
遊ぶことから、いろんな事を学ばせてくれた先生
この町のこの学校の思い出は、その先生と共につづきます・・・
片山先生、いい先生ですね。教えられただけのことはすぐに忘れてしまっても、自分で考え、調べて得た知識はきちんと身になるものですからね。
当時その学校にいた生徒さん達は、成長した今でもきっと、自分の子供に紙飛行機を折ってあげる度に、紙飛行機大会のことを思い出すのでしょうね。
その頃から・・・何年もしない時分に「あんな先生いないよなぁ〜」と思ったくらいですから、今じゃ無理でしょうねぇ〜。時代もあるのでしょうが、杓子定規じゃない教育。言葉の意味からすると「ゆとり教育」って単に時間を減らすんじゃなく、先生と生徒のコミュニケーションの時間を作ってあげる事が必要じゃないかと思います。